フランツ・シューベルト


生没年・出身地・歿地・墓地
フランツ・シューベルト 生誕 Franz Peter Schubert

(1797年1月31日ウィーン郊外リヒテンタール教区ヒンメルプフォルトグルントで生れる)
         現:ヌスドルファーシュトラーセ54番赤蟹館2階の一室
(1828年11月19日ウィーン、次兄フェルディナントの家で没)

1.職業

オーストリアの作曲家

「歌曲の王」と呼ばれることもある。

2.称号

3.経歴

⑴ 祖父カール・シューベルトはチェコ領メーレン、ノイドルフの農業家兼地方判事。祖母スザンナ・メックとの間の五人目がシューベルトの父フランツ・テオドール。

⑵ 父フランツ・テオドール・シューベルトはノイドルフの農業家兼地方判事の息子。故郷を離れウィーン郊外レオポルトシュタットで教師をしていた。母マリヤ・エリーザヴェト・フィッツはメーレンの錠職人の娘。二人は1785年に結婚。ウィーンに出た父は教員養成所を終了後、初等学校の校長をしている兄の助教員となる。母はウィーン人の家庭の家政婦として働く

⑶ シューベルトはその14人家族の12番目の子として育つ

1801年4才、父の主宰している小学校の生徒が増えたため、一家はヒンメルプフォルトグルントのゾイレン通りに移る。父は教育者として躾は厳しいが、音楽好きで家族の弦楽合奏ではチェロを弾き、近隣の愛好家達とはオーケストラを組織して指揮をしていたと伝えられている。シューベルトはそうした家庭環境で育った

1803年6才、父が校長のヒンメルプフォルトグルント初等学校入学。父からヴァイオリンを十二才年上の長兄イグナーツにピアノを習うが、すぐに驚くべき程進歩上達し、二人の手に負えないくらいになる

1804年7才、ボーイソプラノの声を持ち、リヒテンタ-ル教会の少年合唱隊に入る。教会オルガニストのミシャエル・ホルツァーに音楽全般の基礎教育を受ける

1808年11才、宮廷礼拝堂少年合唱団(のちのウィーン少年合唱団)の試験に合格。同時に宮廷寄宿制神学校コンヴィクトに入学を許可される。ピアノ、ヴァイオリン、歌唱、音楽理論をヴェンジェル・ルジチュカ等に学ぶ。学内オーケスストラの第二ヴァイオリン奏者を務め、ヨーゼフ・シュパウン等の多くの友人を知り会う。音楽的才能が注目される

1810年13才、「ピアノ4連弾のための幻想曲」作曲

1811年14才、初めて弦楽四重奏作曲。初の交響曲の作曲を試みる。歌曲「ハガールの嘆き」、「父殺し」作曲

1812年15才、母が他界。6月から宮廷楽長のアントニオ・サリエリから特別に無料で作曲と通奏低音の個人レッスンを受け始め、1816年迄の4年間師事する。変声期を迎え少年合唱団を退団することになるが、メールフェルト奨学金を得て引き続き学業を続けることを許可される

1813年16才、コンヴィクトを退学する。父がウィーン近郊の商人の娘アンナ・クレーンベックと再婚。兵役免除となる教員の道を目指し聖アンナ師範学校に通う。交響曲第1番ニ長調 D 82 作曲しコンヴィクトのラング校長に献呈

1814年17才、助教員の資格を得て父の学校の助教員となる。「ミサ曲第1番ヘ長調(D105)」が生家近くのリヒテンタール教会とアウグスティーナ教会でシューベルト指揮で演奏され初めての公開演奏となる。ソプラノを歌ったテレーゼ・グロープとは幼馴じみで、シューベルトの初恋の人として知られている。歌曲「糸紡ぐグレートヒェン」D 118 、歌曲「羊飼いの嘆きの歌」D 121 、歌劇「悪魔の別荘」を作曲。詩人のヨハン・マイホーファーと知り会う

1815年18才、交響曲第2番変ロ長調 D 125 、交響曲第3番ニ長調 D 200 、歌曲「野ばら」D 257 、歌曲「魔王」D 328 、歌曲「さすらい人の夜の歌」D 224 作曲、歌劇「4年間の歩哨兵勤務」ほかに歌劇4曲作曲。146曲の歌曲を作曲。のちに親友となる貴族フランツ・フォン・シュバインと知り会う

1816年19才、サリエリの推薦を得てライバッハの師範学校の音楽担当教師の応募するが失敗してしまう。父の家を出て友人のフランツ・シュバイン家に住む。「子守唄」、交響曲第4番(悲劇的)D 417、交響曲第5番変ロ長調 D 485 、歌曲「さすらい人」D 489 ほか100曲ほどの歌曲を作曲。

1817年20才、父の家に戻り教員を続けながら作曲活動を行う。歌曲「ます」作曲。詩人のマイホーファーの紹介で30才年長の宮廷オペラ歌手ヨハン・ミヒャエル・フォーグルの知己を得る。フォーグルとはシューベルト・リートの最初の紹介者のひとりとなる。またその後の歌曲作曲に役立つ意見などをシューベルトに述べ作品に反映されるようになったと言われている

1818年21才2月、歌曲「エルラフ湖」が雑誌の付録として出版される。3月、有料コンサートが開催され「イタリア風序曲」など初めて自作品が公開演奏され、新聞の批評欄でも好評を得る。夏、エスターハージー伯爵家の臨時雇いの教師となりハンガリーのツエレスに行き、二人の令嬢の夏の間の音楽教師となる。秋、ウィーンに戻りり父の反対にあうが教師を辞め、詩人マイホーファーの下宿に転がり込み作曲に専念するようになる

1819年22才、「羊飼いの嘆きの歌」D 121 が公開演奏される。「ピアノ五重奏曲イ長調≪ます≫」D 667 作曲

1820年23才、ケルントナートーア劇場でオペレッタ「双子の兄弟」初演。劇音楽「魔法の竪琴」作曲

1821年24才、歌曲「魔王」D 328 自費出版。歌劇「アルフォンソとエストレルラ」作曲

1822年25才、ウェーバー、ベートーヴェンを訪問。交響曲第7番ロ短調≪未完成≫ D 759 の作曲に着手。暮れごろ梅毒発症する

1823年26才、5月入院し梅毒の治療を受け症状が安定する。歌曲集「美しき水車小屋の娘」D 795、歌劇「フィエラブラス」、ピアノ曲「楽興の時」D 780
作曲。劇音楽「ロザムンデ」上演。再び健康悪化。グラーツのシュタイアーマルクとリンツの音楽協会の名誉会員に推挙される

1824年27才の夏、再びエスターハージー伯爵家から家庭教師として招かれツェレスへ行く。健康回復。弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」D 804、弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」D 810 作曲。シューベルティアーデ(シューベルトを支えるために私的に行った夜会)が開催される

1825年28才、イギリスの詩人ウォルター・スコットの詩にもとづく3曲の「エレンの歌」D 839 作曲、その第3番には「アヴェ マリア」がある。シューベルティアーデ(シューベルトを支えるために私的に行った夜会)が開催される

1826年29才、宮廷礼拝堂副楽長への請願書が却下される。シュバイン家でシューベルティアーデが盛んに開催される

1827年3月30才、死の床のベートーヴェンを見舞う。29日アルザー教会で行われたベートヴェンの葬儀に松明持ちのひとりとして参列。ウィーン楽友協会会員に推薦される。9月グラーツ旅行。菩提樹を含む歌曲集「冬の旅」D 911、4つの即興曲 D 899、4つの即興曲 D 935 など作曲。

1828年31才、交響曲第8番≪グレート≫を完成しウィーン楽友協会に渡す。「ピアノソナタ第21番」作曲。3月26日ウィーン楽友協会はシューベルトの作品だけの演奏会を開催し大成功する。9月、身体が弱まり今まで友人の家を転々と渡り歩き続けてきたが、最後に転がり込んだのは、仲の良かった次兄のフェルディナントの家であった。11月14日病状が悪化して高熱に浮かされる。11月18日「これが、僕の最後だ」と呟いたのが最後の言葉となる。11月19日腸チフスが重くなり兄フェルディナント、義妹ヨゼフに看取られこの世を去った。死後に歌曲集「白鳥の歌」D 957 が出版された。11月21日ヨーゼフ教会で葬儀が執り行われた。フェルディナントは遺言によりヴェーリング墓地のベートーヴェンが眠る墓の近くに埋葬した。

シューベルトの没後、1888年市内改造の際、ヴェーリング墓地は廃止され、ベート-ヴェンの墓と共に中央墓地の名誉地区に移葬された。生家に近いヴェーリング墓地は、現在「シューベルト公園」と呼ばれている

4.主な作品

1.交響曲
交響曲第4番 ハ短調 「悲劇的」 D. 417 Symphony No. 4 in C minor, D. 417, “Tragic”
交響曲第5番 変ロ長調 D. 485 ymphony No. 5 in B flat major, D. 485
交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D. 759 Symphony No. 7⁄8 in B minor, D. 759, “Unfinished”
交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」 D. 944 Symphony No. 8⁄9 in C major, D. 944, “Great”
2.管弦楽・室内楽
ロザムンデ 作品26 (D. 797) Rosamunde, Op. 26 (D. 797)
間奏曲 第3番 変ロ長調 Entr’acte No. 3 in B flat major
ピアノソナタ第13番 イ長調 作品120 (D. 664) Piano Sonata No. 13 in A major, D.664, Op.120
ピアノソナタ第18番 ト長調 作品78 (D. 894) Piano Sonata No. 18 in G major, D.894, Op.78
ピアノソナタ第20番 イ長調 D. 959 Piano Sonata No. 20 in A major, D.959
幻想曲「さすらい人」 ハ長調 作品15 (D. 760) Wanderer Fantasy in C major, Op. 15, D. 760
4つの即興曲 作品90 (D. 899) Impromptus, Op. 90, D. 899
4つの即興曲 作品142 (D. 935)
楽興の時 作品94 (D. 780) Moments Musicaux, Op. 94, D. 780
軍隊行進曲 第1番 ニ長調 作品51 (D. 733) Marche Militaire in D major, Op. 51, No. 1, D. 733
ヴァイオリンとピアノのための ソナチネ ト短調 D. 408 Sonatina for Piano and Violin in G minor, D. 408, Op. 137, No. 3
幻想曲 ハ長調 D. 934 Fantasia for piano and violin in C major , D. 934
ヴァイオリンソナタ イ長調 作品162 (D. 574) Violin Sonata (“Duo”) in A major, Op. 162, D 574
アルペジョーネソナタ イ短調 D. 821 Sonata in A minor for Arpeggione and Piano, D. 821
ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 作品99 (D. 898) Piano Trio No. 1 in B flat major, Op. 99, D. 898
弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 作品125の1 (D. 87) String Quartet No. 10 in E flat major, Op. 125, No. 1, D. 87
弦楽四重奏曲第13番 イ短調 「ロザムンデ」 作品29 (D. 804) String Quartet No. 13 in A minor, Op. 29, D. 804, “Rosamunde”
弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」 D. 810 String Quartet No. 14 in D minor, D. 810, “Death and the Maiden”
弦楽四重奏曲第15番 ト長調 作品161 (D. 887) String Quartet No. 15 in G major, Op. 161, D. 887
ピアノ五重奏曲 イ長調 「鱒」 作品114 (D. 667) Piano Quintet in D minor, Op. 114, D. 667, “Tout”
弦楽五重奏曲 ハ長調 作品163 (D. 956) String Quartet in C major, Op. 163, D. 956
八重奏曲 ヘ長調 作品166 (D. 803) Octet in F major, Op. 166, D. 803
3.歌曲
歌曲集「美しき水車小屋の娘」 作品25 (D. 795) Die schöne Müllerin, Op. 25, D. 795
歌曲集「冬の旅」 作品89 (D. 911) Winterreise, Op. 89, D. 911
歌曲集「白鳥の歌」 D. 957 ⁄ 965a Schwanengesang, D. 957 ⁄ 965a
第4曲 セレナーデ Ständchen
魔王 作品1 (D. 328) Erlkönig, Op. 1, D. 328
糸をつむぐグレートヒェン 作品2 (D. 118) Gretchen am Spinnrade, Op. 2, D. 118
菩提樹 Der Lindenbaum
野ばら 作品3の3 (D. 257) Heidenröslein, Op. 3, No. 3, D. 257
さすらい人 作品4の1 (D. 493) Der Wanderer, Op. 4, No. 1, D. 493
死と乙女 作品7の3 (D. 531) Der Tod und das Mädchen, Op. 7, No. 3, D. 531
鱒 作品7の3 (D. 550) Die Forelle, Op. 32, D. 550
アヴェ・マリア 作品52の6 (D. 839) Ave Maria, Op. 52, No. 6, D. 839
君こそは憩い 作品59の3 (D. 776) Du bist die Ruh, Op. 59, No. 3, D. 776
音楽に寄せて 作品88の4 (D. 547) An die Musik, Op. 88, No. 4, D. 547
子守歌 作品98の2 (D. 498) Wiegenlied, Op. 98, No. 2, D. 498
シルヴィアに 作品106の4 (D. 891) An Silvia, Op. 106, No. 4, D. 891
聴け、聴け、ひばり D. 889 Horch! Horch! die Lerch, D. 889
万霊節のための連禱 D. 343 Litanei auf das Fest Allerseeln, D. 343
岩の上の羊飼い 作品129 (D. 965) Der Hirt auf dem Felsen, Op. 129, D. 965
4.オペラ
鏡の騎士 ジングシュピール 3幕
悪魔の別荘 ジングシュピール 3幕
アドラスト ジングシュピール 2幕
4年間の歩哨兵勤務(Der vierjährige Posten) ジングシュピール 1幕
フェルナンド(Fernando) ジングシュピール 1幕
クラウディーネ・フォン・ヴィラ・ベッラ(Claudine von Villa Bella) ジングシュピール 3幕
サラマンカの友人たち(Die Freunde von Salamanka) ジングシュピール 2幕
双子の兄弟(Die Zwillingsbrüder) ジングシュピール 1幕
アンフォンゾとエストレッラ(Alfonso und Estrella)
謀反人たち(家庭争議)(Die Verschworenen) ジングシュピール 1幕
リューディガー(Rüdiger)
フィエラブラス(Fierrabras) 3幕
グライヒェン伯爵(Der Graf von Gleichen) 2幕
ミネゼンガー(Der Minnesänger)

5.その他

1.作品番号について
1951年、オーストリアの音楽学者オットー・エーリヒ・ドイチュによってシューベルトの作品が整理された。作品目録整理番号のドイチュ番号(D)が作られ「ホ長調交響曲」D 729に第7番、「未完成」D 759に第8番、「大ハ長調」D 944に第9番を割り当てられ世界中で使われるようになった。
1978年、国際シューベルト協会(Internationale Schubert-Gesellschaft)、ヴァルター・デュル、アーノルド・ファイル氏等がドイチュ目録改訂の見直しをした。改訂版”Franz Schubert – Thematisches Verzeichnis seiner Werke in chronologischer Folge”(時系列作品リスト)が作られ、それによると「ホ長調交響曲」D 729 第7番は目録作品番号から外れ次のようになった。
第1番-交響曲ニ長調 D 82
第2番-交響曲変ロ長調 D 125
第3番-交響曲ニ長調 D 200
第4番-交響曲ハ短調 D 417
第5番-交響曲変ロ長調 D 485
第6番-交響曲小ハ長調 D 589「ディ・クライネ」
第7番-交響曲ロ短調 D 759「未完成」
第8番-大ハ長調 D 944「ザ・グレート」
日本ではNHK・FMもドイチュ番号をアナウンスしている

2.シューベルトが1822年7月3日25才のときに書いた作文「私の夢」全文
「 私には兄弟姉妹がたくさんいた。父も母も良い人だった。私はみんなを深く愛していた。ある時父が私たちをさる祝宴に連れて行ってくれた。他の兄弟たちはとても楽しんでいた。でも私は悲しかった。父は私の所へきて、高価なごちそうを味わうように命じた。でも私には出来なかったので、父は私を目の届かないところへ追い払った。私は歩みの向きを変え、愛を受け入れてくれなかった人たちへの限りない愛で胸をいっぱいにして、遠くの土地へとさすらっていった。何年もの間、私の気持ちは、この上ない苦悩と愛とに引き裂かれていた。そこへ母の死の知らせが届いた。私は一目、母に会おうと急いだ。父は悲しみに心を和らげ、私が入っていくのを拒まなかった。母の亡骸が見えた。涙があふれ出た。私たち皆が、亡き人の言うとおりに振る舞っていた古き良き昔と同じように、あのころのままの姿で母が横たわっているのが見えた。
 私たちは涙ながらに亡骸の後をついていき、棺を埋めた。この時から私は再び家に戻った。そしてある時、父はまた私を自分のお気に入りの庭園に連れて行った。父は私に気に入ったかと尋ねた。しかし私はその庭を嫌いだったので何も言えなかった。すると父はかっとなって、もう一度私にきいた。この庭が気に入ったか? 私はびくびくしながら否定した。すると父は私を殴り、私は逃げ去った。そして私はもう一度歩みの向きを変え、愛を受け入れてくれなかった人たちへの限りない愛で胸をいっぱいにして、再び遠くの土地へとさすらっていった。もう何年も何年も私は歌を歌った。愛を歌おうとすると、愛は苦悩となった。そして今度は苦悩だけを歌おうとすると、苦悩は愛になるのだった。こうして私の気持ちは、苦悩と愛とに引き裂かれていた 」
 「 そしてある時、私は一人の敬虔な乙女が近頃亡くなったという知らせを受けた。彼女の墓の周りには、たくさんの若者たちや老人たちが輪をなして、至福に包まれたようにいつまでも歩き続けていた。彼らは乙女を起こさぬように静かに話していた。
 神々しい想念が絶え間なく乙女の墓から若者たちのほうへ、きらめく火花のように飛び散っては、柔らかな音を立てていた。私もそこで輪になって歩きたいと強く願った。しかし人々は、奇蹟だけが輪に導いてくれるのだ、と言った。私はそれでもゆっくりとした足取りで、心の中で祈り、信仰を確かめて、目を伏せたまま墓のほうへと進んだ。気がついたら私は輪の中にいた。輪は不思議な音を立てていた。永遠の至福が一瞬の間に凝縮したような感じがした。父とも和解し、愛情を抱いて会った。父は私を腕の中に抱いて泣いた。でも私はもっと泣いた 」

1938年にアルノルト・シェーリングの論文「 フランツ・シューベルトのロ短調交響曲『未完成』とその秘密 」で「未完成交響曲」がシューベルトの作文「私の夢」の音楽化であり、したがって未完成ではなく2楽章で完成したものと言っている。
 指揮者アーノン・クールはウィーン交響楽団との旧録音においては、この説を全面的に採用し、作文に即して曲を解釈したらしい。

6.初演

7.関連動画

日本語訳付 「フランツ・シューベルト – 愛と悲しみのはざまで」

映画「野ばら」

「野ばら」   ペーター・シュライヤー
Schubert Heidenröslein Peter Schreier

「野ばら」      アーリーン・オジェ(米国:ソプラノ歌手、1939年9月13日生まれ~1993年6月1お日没)
“Heidenröslein” Arleen Auger Salzburg 11 May 1978

「ます」D 550 アーリーン・オジェ
“Die Forelle” D 550 Arleen Augér–soprano / Lambert Orkis–fortepiano 1991

「春に」D 882    フィッシャー=ディスカウ  
Im Frühling D 882- Fischer-Dieskau / Moore 1957

「音楽に寄せて」   エリーザベート・シュヴァルツコップ  ジェラルド・ムーア(Pf)
“An die Musik”  Soprano Elisabeth Schwarzkopf Gerald Moore(Pf) From a 1961 BBC broadcast

映画「菩提樹」
Der Lindenbaum (Die Trapp-Famille)

映画「菩提樹」
7 – The Original Sound of Music with English Subtitles (Die Trapp Familie – German)
Die Familie Trapp (1956) with English Youtube Subtitles (click “CC” box above).
Excerpt from Maria Von Trapp’s autobiographical book, chapter 8, entitled ‘The Third Reich’.

「菩提樹」
“Der Lindenbaum” – Winterreise Eilika Wünsch – Soprano / Bernhard Wuensch – Piano

「菩提樹」   フィッシャー=ディスカウ
Dietrich Fischer Dieskau Der Lindenbaum Die Winterreise

「菩提樹」   トーマス・ハンプソン
Thomas Hampson sings Schubert’s “Der Lindenbaum”

「魔王」    フィッシャー=ディスカウ
Schubert – Der Erlkönig / Baritone: Dietrich Fischer-Dieskau.

「魔王」    ショルト・カイノック(pf) / ダニエル・ノーマン(T)
Franz Schubert: Erlkönig  (pf)Sholt Kynoch / Daniel Norman(T)

アヴェ マリア エリザベス・クレマン ドレスデン国立歌劇場合唱団
指揮:ペーター・シュライヤー / ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
Schubert: Ave Maria – Elisabeth Kulman / Chor der Sächsischen Staatsoper
Sächsische Staatskapelle Dresden / Conductor: Peter Schreier

アヴェ マリア  ルチアーノ・パヴァロッティ
Ave Maria – Luciano Pavarotti

アヴェ マリア  ディアナ・ダービン(映画「オーケストラの少女」出演など1940年代ハリウッドで活躍:女優・歌手)
Deanna Durbin, at age 18, singing Franz Schubert’s masterpiece.
Here is what Schubert had to say about this song, in a letter to his father:

「冬の旅」  フィッシャー=ディスカウ
“Winterreise” Dietrich Fisher-Dieskau – Alfred Brendel

「冬の旅」
Schubert: Winterreise – Thomas Oliemans & Malcolm Martineau – Live concert HD

「楽興の時 」作品94 (D. 780) Moments Musicaux, Op. 94, D. 780
Six moments musicaux, D 780 Alfred Brendel

「軍隊行進曲」
Schubert Fantasia 4 manos Lang Lang Baremboim, pianoforte

弦楽四重奏曲第13番 イ短調 D.804(Op.29) 《ロザムンデ(Rosamunde)
String Quartet No.13 D.804 “Rosamunde” / Hagen Quartet

ピアノ五重奏曲イ長調 D667 鱒(ます)
Das Forellen Quintett/Trout Quintet D.667 Op114 from Esbjerg EnergiMetropol

ピアノ五重奏曲イ長調 D667 鱒(ます)
F. Schubert – Piano Quintet in A major, D.667 “Trout Quintet (Die Forelle)”

弦楽五重奏曲ハ長調 D 956      ピンカス・ズッカーマンほか
Pinchas Zukerman and WDR Soloists play Schubert Quintet in C, D.956; Op.163 – 1st Mvt

交響曲第1番ニ長調 D 82  
シャーンドル・ヴェーグ指揮 / カメラータ・アカデミカ・ザルツブルク
Schubert Symphony No.1 D.82  Sandor Vegh Dirigent  Camerata Academica des Mozarteums Salzburg

交響曲第2番変ロ長調 D 125         ヨーロッパ芸術センター
ホセ・フェレイラ・ロヴォ指揮/ビャウィストク・ポドラシェ歌劇場フィルハーモニー管弦楽団
F. Schubert – II Symfonia B-dur D125/F. Schubert – Symphony No. 2 in B major, D 125 
Opera i Filharmonia Podlaska Europejskie Centrum Sztuki/The Podlasie Opera and Philharmonic European Art Centre.

交響曲第4番ハ短調 D 417      
ニコラウス・アーノンクール指揮 / ウィーン・フィル
Symphony N°4 F Schubert D° N Harnoncourt Vienna Ph Orch

交響曲第6番小ハ長調 D 589      
アントネッロ・マナコルダ指揮 / フランクフルト放送交響楽団
Schubert: 6. Sinfonie D 589 ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Antonello Manacorda

交響響第7番ロ短調 D 759「未完成」  
ゲオルグ・ショルティ指揮 / シカゴ交響楽団
chubert, Symphonie Nr 8 h Moll ‘Unvollendete’ Georg Solti, Chicago Symphony Orchestra

交響曲第7番ロ短調 D 759「未完成」  
クラウディオ・アバド指揮 / ベルリン・フィル
SCHUBERT INCOMPIUTA – BERLINER ABBADO 1989

交響曲第8番大ハ長調 D 944「ザ・グレート」
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮 / ウィーン・フィル
Schubert Symphony.9 Sawallisch/Wiener Philharmoniker

参考文献:「クラシック作曲家辞典」中河原理監修、フェニックス企画編 東京出版堂 「音楽史(音楽講座)」堀内敬三著 音楽之友社 「偉大なる作曲家のためのカルテ」五島雄一郎著 医療ジャーナル社  https://ja.wikipedia.org/wiki/フランツ・シューベルト  http://classic.music.coocan.jp/sym/schubert/schubert8.htm  https://www.nhk.or.jp/lalala/archive160123.html  http://classic.music.coocan.jp/sym/schubert/schubert8.htm  we-love-classic.com/kaisetu/koukyoukyoku/k-koukyou-schubert-sym7.html 「wikipedia」 「glennmie.blog.s0-net.ne.jp」 「robortkelloyphd.com」 「dictionary/composer/alkan」 「maucamedus.net/solmization/gawut」 「www.tcat.ne.jp/eden/music」 「www.cadenza-od.com」 「www.coara.or.jp/-doraemon/gagaku/nenpyoz.htm」 「www.gecities.jp/gzgaku.ryuteki」 「www.univesal-music,co.jp」 「maokato.jp/bihoro/bihoro 「homepage3.nifty.com/cio/a-alta」 「www.wagnerdailas.com」

生年代:1797年 寛政9年

没年代:1828年 文政11年

日本の元号:寛政~享和~文化~文政

時代:江戸時代

日本の出来事:1797年1月31日 フランツ・シューベルト  誕生
                   
1797 寛政9年 ◎ロシア人が択捉島に上陸

1798 寛政10年 ◎林家が経営していた湯島聖堂を官学「昌平坂学問所」に改める。 ◎本居宣長の「古事記伝」完成。 ◎本居宣長の「古事記伝」完成。 ◎幕臣で探検家の近藤
重蔵が択捉島に「大日本恵土呂府」の標柱を建て日本領土であると宣言

1799 寛政11年 ◎江戸幕府が北方の防備を固めるため松前藩の東蝦夷地を仮直轄地とした。 ◎高田屋嘉兵衛、択捉航路を開く

1800 寛政12年 ◎伊能忠敬、蝦夷地の測量開始

1801 享和元年 ◎日本で「鎖国」という言葉が使われる。 ◎富士元十郎ウルップ島に大日本属島の標柱を建つ

1802 享和2年 ◎十返舎一九が「東海道中膝栗毛」を出版、ベストセラーになる。 ◎幕府が蝦夷地奉行〔後の函館奉行)を設置

1805 文化2年 ◎華岡青洲がマンダラゲ配合の内服全身麻酔剤「通仙散」を発明、麻酔を使って乳がん手術に成功

1806 文化3年 ◎浮世絵師喜多川歌麿歿(1753年頃生)

1807 文化4年 ◎隅田川にかかる永代橋崩落死者多数。 ◎曲亭馬琴が「椿説弓張月」前編出版

1808 文化5年 ◎江戸湾沿岸の下田、浦賀に砲台設置。 ◎間宮林蔵が樺太を探検。間宮海峡確認。 ◎長崎港にイギリス軍艦フェートン号侵入

1809 文化6年 ◎間宮林蔵一行が樺太・大陸間に海峡を確認する(間宮海峡)。 ◎徳川実記〔徳川家の歴史)の編纂が始まる

1810 文化7年 ◎堀田正睦誕生・五代下総佐倉藩主幕府老中首座(1864年4月26日歿)。 ◎水戸家、「大日本史紀伝」を朝廷に献上

1811 文化8年 ◎長唄「越後獅子」初演。 ◎天文方に蕃書和解御用を設置。 ◎幕府、倹約令。 ◎幕府、入れ墨禁止令。 ◎ロシアの測量艦長ゴローニンを国後島で逮捕し
松前に移送。 ◎思想家、佐久間象山誕生(1864年歿)

1812 文化9年 ◎伊能忠敬が屋久島・種子島の測量に出発。 ◎高田屋嘉兵衛、国後沖でロシア拿捕されるが翌年両国の間に立ちゴローニン事件を解決

1813 文化10年 ◎幕府、大阪商人に御用金を命ず

1814 文化11年 ◎「清元節」創始。 ◎伊能忠敬「沿海実測全図」完成。 ◎曲亭馬琴が「南総里見八犬伝」第一輯を出版。 ◎根岸鎮衛が歿(江戸町奉行1737年生)

1815 文化12年 ◎井伊直弼誕生・十五代近江彦根藩主 幕府大老(1860年3月24日歿)。 ◎杉田玄白「蘭学事始」完成

1816 文化13年 ◎イギリス船、琉球に来る。 ◎戯作者の山東京伝が歿(1761年生)

181 文化14年 ◎山田検校(筝曲山田流始祖)歿。 ◎イギリス船、浦賀に来る。 ◎儒学者の広瀬淡窓(1782~1856)が郷里、豊後・

1819 文政2年 ◎阿部正弘誕生・七代備後福山藩主・幕府老中首座(1857年8月6日歿)。 ◎国学者の塙保己一が「群書類従」を完成

1820 文政3年 ◎文人画家、浦上玉堂が死去。 ◎浮世絵師、北尾重政が歿(1739年生)。 ◎侠客、清水次郎長誕生(1893年歿)

1822 文政5年 ◎イギリス船が浦賀に来航。 ◎松浦検校(京流手事物始祖)歿。 ◎上杉鷹山歿。 ◎江戸、山谷の料理茶屋「八百善」の主人が「江戸流行料理通」を出版、
酒井抱一、 大田南畝、谷文晁らが挿絵を描いた

1823 文政6年 ◎ドイツ人シーボルト、オランダ商館医師 として来日。 ◎葛飾北斎、「富嶽三十六景」完成

1824 文政7年 ◎シーボルト、長崎郊外の鳴滝に診療所及び鳴滝塾を開く、門人は全国から集まり高野長英や伊藤玄朴等がいた。 ◎江戸に麻疹が流行

1825 文政8年 ◎江戸幕府「異国船打払令」を発する。 ◎シーボルト将軍家定に謁見。 ◎雷電為右衛門が歿。 ◎鶴屋南北「東海道四谷怪談」初演

1826 文政9年 ◎シーボルトが十一代将軍家斉に謁見。 ◎頼山陽、「日本外史」を著わす。 ◎江戸に大地震が発生

1827 文政10年 ◎頼山陽が「日本外史」を松平定信に献上

1828 文政11年 ◎伊東玄朴、本所番場町に初の西洋医院を開業

1828年11月19日ウィーンで没 31才

世界の出来事:1797年1月31日 フランツ・シューベルト  誕生
                   

1797 ※オペラ「メデ」3幕。ルイジ・ケルビーニ作曲。初演3月13日パリ、フェードー劇場。 ※ヴェネツィア共和国の滅亡

1798 ※オラトリオ「天地創造」ハイドン作曲、1798年4月29日ウイーン、シュヴァルツェンベルク侯爵邸でハイドン自身の指揮で非公開初演(公開初演1799年3月19日ケルントナートア劇場で。現在でもウイーンでは新年初めの演奏会で恒例として演奏されている)。 ※ピアノソナタ「悲愴」ベートーヴェン作曲開始、初期を代表する傑作、ベートーヴェンの三大ピアノソナタのひとつ。自筆楽譜は現在、パリ音楽院に保存。 ※ベートーヴェン、サリエリから声楽書法を学ぶ。 ※司令官ナポレオン、オスマン帝国領エジプト遠征、マルムーク軍を破りカイロ占領。 ※フランスの画家ドラクロワ誕生

1799 ※テアトル・フランセ開業(現コメディ・フランセ)1680年8月18日太陽王ルイ14世は、パリのゲネゴー劇団(Hôtel de Guénégaud)とブルゴーニュ劇団(Hôtel de Bourgogne)との統合を命じ、王立コメディ・フランセーズ劇団結成。 ※ナポレオンのエジプト遠征中にナイル河口で「ロゼッタ・ストーン」が発見される

1800 ※オペラ「ニ日間」3幕。ルイージ・ケルビーニ作曲。初演1月16日パリ、フェドー座で。 ※ベートーヴェン「交響曲第一番」ウィーンで初演。 ※ナポレオン率いるフランス軍がアルプスを超える。 ※イタリアの物理学者ヴォルタが電池を発明する

1801 ※オラトリオ「四季」ハイドン作曲、1801年4月24日ウイーン、メールマルクトのシュヴァルツェンベルク侯爵邸で自身の指揮で初演。 ※オーストリア、アンデア・ウイーン劇場開館、シカネーダーが建設し芸術監督就任ベートーヴェンは音楽監督に就任、英雄、フィデリオ、運命、田園を初演している。 ※トリエステ、ヌオヴォ劇場(現市立ジュゼッペ・ヴェルディ劇場)建築。 ※ピアノソナタ「月光」ベートーヴェン作曲、ベートーヴェンの三大ピアノソナタのひとつ。 ※グレート・ブリテン・アンド・アイルランド連合王国成立(1922年迄公式国名)

1802 ※ナポレオンがレジオン・ドヌール勲章を創設。 ※ドイツのグローテフェントが古代オリエントの楔形文字を解読する鍵が発見。 ※リンツ、ブルックナー管弦楽団創立。 ※パリ郊外に隕石落下。 ※アメリカのフルトンがセーヌ川で蒸気船の実験に成功

1803 ※アメリカがフランスからルイジアナを買収

1804 ※交響曲第3番「英雄」ベートーヴェン作曲、初演翌年4月自身の指揮・アン・デア・ウイーン劇場。 ※ナポレオンが皇帝に推戴され、みずからノートルダム寺院で戴冠式を行った。※フランス人の民法典(ナポレオン法典)が成立する。 ※オーストリア帝国と改称。 ※ドイツ、シラー「ヴィルヘルム・テル」完成

1805 ※ボローニャ、コルソ劇場開場。この時ロッシーニは端役で出演している。 ※オペラ「フィデリオ」2幕(初稿3幕)ベートーヴェン作曲、初演同年11月アン・デア・ウイーン劇場で(2時間分)。スイスの作曲家ネーゲリがチューリッヒに声楽教室を作る。 ※トラファルガーの戦い、ネルソン提督戦死。 ※フランス皇帝ナポレオン一世がイタリア国王に就任。 ※フランス軍オーストリアの首都ウイーンに入城。 ※ドイツの薬剤師ゼルチュナーがアヘンからモルヒネ抽出に成功。 ※デンマークの童話作家アンデルセン誕生。※ドイツの詩人・劇作家シラー歿(1759年生)

1806 ※スイス、ルツェルン交響楽団創立。 ※ヴァイオリン協奏曲ニ長調、ベートーヴェン作曲、初演12月23日著名なヴァイオリニストフランツ・クレメントにより演奏翌年クレメントの勧めでピアノ協奏曲に編曲した。 ※フランツ二世が退位し神聖ローマ帝国が滅亡する。※ナポレオン一世ベルリン入城。 ※ナポレオンが大陸封鎖令を出す。 ※ドイツの詩人・劇作家シラー歿

1807 ※パリ、ヴェリエテ座建築。※プレイエル、ピアノ製作会社をパリに創立。 ※ベートーヴェンの友人でドイツ人メルツェルが自動演奏機パンハルモニコンを発明。 ※ナポレオン一世がワルシャワ大公国を創設。 ※英国、奴隷貿易廃止※アメリカのフルトンが外輪式蒸気船「クラーモント号」をつくる

1808 ※ドイツ、カールスルーエ・バーデン州立劇場創立。 ※イタリアの楽譜出版社リコルディ創立。 ※メルツェル、自動トランペット発明。 ※交響曲第5番「運命」・交響曲第6番「田園」ベートーヴェン作曲、初演12月22日自身の指揮、アン・デア・ウイーン劇場で。 ※アメリカが奴隷の輸入を禁止。 ※ローマ教皇がナポレオン一世を破門。 ※パリのカルーゼル広場に凱旋門落成※パリ大学創立。 ※ドイツの作家ゲーテ、戯曲「ファースト」第一部を出版。 ※フランス、ローマ占領

1809 ※9月18日二代目コヴェント・ガーデン(王立オペラ)完成し「マクベス」上演される。 ※ナポレオン一世がローマ教皇ピウス七世をフランスに幽閉する。 ※メッテルニヒがオーストリア外相に就任※ナポレオン一世が皇后ジョセフィーヌ(47歳)と離婚。 ※アメリカの作家エドガー・アラン・ポー誕生。 ※スウェーデンがロシアにフィンランドを割譲する

1810 ※オペラ「結婚手形」ロッシーニ18歳の時の作曲、初演5月サン・モイゼ劇場。 ※ベルリン大学創立。 ※フランス、オランダを合併。  ※カメハメ大王ハワイ諸島を統一。 ※シュレジンガー、ベルリンに楽譜出版社創立。 ※ナポレオン一世がオーストリア皇女マリールイーゼ(19歳)と結婚

1811 ※ピアノ協奏曲「皇帝」ベートーヴェン作曲、初演11月28日ヨハン・シュナイダ-のピアノ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で。 ※フランスのセバスチャン・エラールが現在 のペダルハープの原形となるダブルアクション・ハープを製作。 ※オペラ「奇妙な誤解」2幕ロッシーニ作曲初演10月26日コンタヴァッリ劇場。 ※ベネズエラがスペインから独立。 ※英国王ジョージ三世が精神障害のため、皇太子ジョージが摂生ととなり即位後英国王ジョージ4世となる。 ※ドイツ人フリードリヒ・クルップ、製鋼所「フリードリヒ・クルップ商会」エッセンに設立。 ※ドイツ人フリードリヒ・ケーニヒ、輪転式印刷機を発明

1812 ※ウイーン楽友協会創立。※オペラ「幸せな間違い」ロッシーニ作曲初演1月8日サン・モイゼ劇場で。 ※オペラ「バビロニアのキュロス」2幕ロッシーニ作曲。初演3月14日フェッラーラで。 ※ベートーヴェンとルドルフ大公、ヴァイオリン・ソナタ「作品96」共演。 ※ナポレオン、ロシア遠征失敗。 ※ライプツィヒの戦いでナポレオン軍敗退。 ※ヘーゲル「論理学」完成。 ※ドイツのグリム兄弟「グリム兄弟「グリム童話集」出版。 ※アメリカがイギリスに宣戦布告

1813 ※交響曲第8番ベートーヴェン作曲、初演翌年4月20日自身の指揮、ルドルフ大公邸(非公開)で。 ※ロンドン・フィルハーモニー協会創立。 ※オペラ「タンクレーディ」2幕。ロッシーニ作曲。初演2月6日ヴェネツィア、フェニーチェ劇場。 ※オペラ「アルジェのイタリア女」2幕。ロッシーニ作曲、初演5月22日ヴェネッツィア、サン・ベネデット劇場で※交響曲第7番ベートーヴェン作曲、初演4月20日自身の指揮、ルドルフ大公邸(非公開)。 ※イギリスの探検家リヴィングストン誕生

1814 ※ベートーヴェンオペラ「フィデリオ」ウィーンで初演。※ベルギーのアントワーヌ・ジョセフがバスクラリネットの設計で特許取得。 ※コンタヴァッリ劇場(ボローニャ)開場。 ※初夏オーストリアの首都ウイーンでフランスを裁くためのウイーン会議始まる。 ※英米戦争で8月イギリス軍ワシントンを占領、12月戦争終結。 ※フランスが王政復古。※英米戦争で8月イギリス軍ワシントンを占領、12月戦争終結。 ※4月ナポレオン、エルバ島へ流される。 ※イギリスのスチブンソンが蒸気機関車を発明。 ※フランスの画家、ミレー誕生(1875年歿)。 ※ローマ教皇イエズス会を復興。 ※反仏連合軍がパリ入城。 ※ギヨタン歿(フランスの解剖学者・ギロチンの考案者)。 ※ウィーン会議はじまる

1815 ※シューベルト歌曲「野ばら」作曲。 ※2月ナポレオン一世がエルバ島を脱出。 ※ナポレオン軍がワーテルローの戦いで イギリス・プロイセン連合軍に敗れる。 ※ウイーン会議終る。 ※10月ナポレオンがセント・ヘレナ島へ流される。 ※ビスマルク誕生((ドイツの政治家)。 ※ドイツ連邦成立

1816 ※メルツェル、メトロノーム発明。 ※オペラ「セビリアの理髪師」ロッシーニ作曲、初演2月ローマ・アルジェンティーナ劇場で(2時間30分)。 ※オペラ「イングランドの女王エリザベッタ」2幕。ロッシーニ作曲。初演10月4日ナポリ、サン・カルロ劇場。 ※オペラ「ヴェネツィアのムーア人」3幕ロッシーニ作曲、初演12月メルカダンテ劇場。 ※アルゼンチンがスペインから独立。 ※フランス人医師ルネ・ラエンネックが聴診器を発明。※アルゼンチンがスペインから独立

1817 ※オペラ「チェネレントラ」2幕。G・ロッシーニ作曲、初演1月ローマ・ヴァッレ劇場原作・童話「サンドリオン」。 ※オペラ「ブルグンドのアデラーイデ」2幕G・ロッシーニ作曲、初演12月27日ローマ、テアトロ・アルジェンティーナで。 ※クレメンティ、「ピアノ演奏の技法」出版。 ※英国の医師パーキンソンが「パーキンソン」病について発表。 ※アメリカ合衆国五代大統領にジェームス・モンローが就任。 ※イギリスがインドをほぼ支配下に置く

1818 ※ミュンヘン、ナティオナル劇場(バイエルン宮廷劇場/シュターツオパー)開場。 ※オランダ、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団創立。 ※英国の女流作家シェリーが21歳で処女作「フランケンシュタイン」を出版。 ※ロシアの作家ツルゲーネフ誕生

1819 ※オペラ「湖上の美人」2幕。ロッシーニ作曲。初演10月24日サン・カルロ劇場。 ※フランスの画家クールベ生誕(1877年歿。 ※アメリカがスペインからフロリダを購入。 ※シンガポールがイギリスの植民地になる。 ※アメリカのサヴァンナ号がj蒸気船として初めて大西洋を横断(26日間)。 ※スペインの画家ゴヤ「わが子を食うサツルヌス」を発表。 ※フランスの医師ラネエクが「間接聴診法」を発表

1820 ※オペラ「ふたご兄弟」F・シューベルト作曲初演6月14日ケルントナートア劇場。 ※オペラ「コリントの包囲(マホメット二世)」2幕ロッシーニ作曲。初演12月3日ナポリ、テアトロ・サン・カルロ劇場。 ※初めて指揮棒が使われるルイ・シュポーアがロンドンのフィルハーモニック・ソサエティー演奏会で振る。 ※ロンドン、王立ヘイマーケット劇場開場。 ※エーゲ海のミロス島で「ミロのヴィーナ」が発見。現在はルーブル美術館で所蔵し公開。 ※ピアノに初めて鉄製枠をを使用

1821 ※オペラ「魔弾の射手」2幕。ウエーバー作曲。初演6月18日自身の指揮ベルリン、シャウシュピルハウス。 ※ウィーン音楽学校創立。 ※ナポレオン一世、セント・ヘレナ島で歿。 ※ぺルーがスペインから独立。 ※メキシコがスペインから独立。 ※パナマがスペインから独立。※英国の物理学者・化学者ファラデーが電気モーターを発明。 ※ドイツの哲学者ヘーゲルが「法の哲学」を出版

1822 ※交響曲第8番「未完成」シューベルト作曲の未完の交響曲といわれている。それは第3楽章の初めのスケルツォはわずか9小節だけがオーケストレーションされ、後の一部分がピアノ曲の形のままの書きかけで第4楽章は下書きもないところから、後世の人に名付けられた。 ※ブラジルがポルトガルから独立。※ギリシャがオスマン帝国から独立。 ※フランスの歴史学者シャンポリオンがロゼッタ・ストーンのヒエログリフ解読に成功

1823 ※オペラ「セミラーミデ」2幕ロッシーニ作曲初演2月3日ヴェネツィア、フェニーチェ劇場(2時間40分)。 ※オペラ「オイリュアンテ」3幕ウエーバー作曲、初演10月25日ケルントナートア劇場。 ※アメリカ大統領モンローが対外政策の 基本原則「モンロー主義」を宣言

1824 ※「荘厳ミサ曲」ベートーヴェン作曲、初演4月7日サンクトペテルブルクの「未亡人のための慈善演奏会」で。 ※ワイマール、大公宮廷歌劇場(現ナティオナル劇場)創建。※ オペラ「オベロン」3幕。ウエーバー作曲、初演4月12日ロンドン、コヴェントガーデン王立歌劇場。 ※交響曲第9番「合唱」ベートーヴェン作曲、初演5月7日自身とウムラウフの指揮、ケルントネル劇場で。 ※「荘厳ミサ曲」ベートーヴェン作曲、初演4月7日サンクトペテルブルクの「未亡人のための慈善演奏会」で。 ※イギリスがビルマに宣戦布告しラングーンを占領し終戦

1825 ※オペラ「ランスへの旅」1幕ロッシーニ作曲、初演6月19日パリ、イタリア劇場。 ※ジュネーブ音楽院の前身がカジノ内に設立される。 ※アメリカの五大湖のひとつエリー湖とハドソン川を結ぶエリー運河完成。フランスの食通評論家ブリヤ・サヴァランが美食の古典「味覚の生理学」出版。 ※ロシア、サンクトペテルブルクで反乱が起こる

1826 ※オペラ「オベロン」3幕ウェーバー作曲、初演4月12日自身の指揮、コヴェントガーデン劇場。 ※オペラ「ビアンカとフェルナンド」2幕ベッリーニ作曲、初演5月30日ナポリ、サン・カルロ劇場。 ※オペラ「エルヴィーダ」1幕、ドニゼッティ作曲。初演7月6日ナポリ、テアトロ・ディ・サン・カルロ。 ※スイスの作曲家ネーゲリが「音楽講義」出版。 ※アメリカの作家クーパーが「モヒカン族の最後の者」を出版。 ※ドイツの教育者フレーベルが「人間の教育」を出版、(1876年東京女子師範学校現、御茶ノ水女子大にフレーベル主義の幼稚園が布設された)。※ロンドン大学創立※トマス・ジェファーソンが歿(アメリカ合衆国3代大統領)

1827 ※ケルン、ギュルツェニヒ管弦楽団発祥。 ※歌曲「冬の旅」全24曲シューベルト作曲、ドイツの詩人ミュラーの詩集から。 ※アメリカ最初の鉄道開通。※ ドイツのオームが「オームの法則」を発表

1828 ※オペラ「カレーの包囲」3幕。ドニゼッティ作曲。初演8月2日ナポリ、テアトロ・デル・フォンド。 ※オーストリアのイグナーツ・ベーゼンドルファーがピアノ製造会社を創業、(2008年業績不振で日本のヤマハ傘下に入る)。 ※ジェノヴァ、カルロ・フェリーチェ劇場開場。 ※アメリカのノア・ウェブスター(1758~1843年)が「アメリカ版英語辞典」を出版。 ※ドイツの化学者フリードリヒ・ヴェーラーが尿素の合成に成功


1828年11月19日、フランツ・シューベルト ウィーンで没 31才