13世紀初頭「フランスのブルゴーニュのトルヴェール・詩人・作曲家」
ギオ・ド・ディジョンGuiot de Dijon
ランスのブルゴーニュ地方・ディジョン出身
生没年不詳
1215年頃〜1225年頃に活動していた以外、ギオの生涯についてはほとんど知られていない
第5回十字軍に参加したが1220年にはヨーロッパに戻っていたエラール2世・ド・シャセネーの庇護を受けていた。
彼のシャンソン「Bien doit chanter」にはシャスネーのエラール2世宛の手紙があり、彼が南シャンパーニュのこの貴族一家の庇護を受けていたことは間違いないことがわかる。
作品
「Chanterai por mon corage」ギオの最も人気のある歌である。これは十字軍の歌であり、 7拍子の詩句からなるロトゥルエンジュ(合唱曲)で、非常に繊細な構成となっている。
「ルチャード゙獅子心王」「十字軍の歌Chanterai por mon corigage」
Chansonnier du roiには次の8曲のシャンソニエに収録されている
『Chansonnier du roi』「Amours m’a si enseignié」
「Bien doi chanter quant fin Amour m’enseigne」(pas de musique)
「Chanter m’estuet, coment que me destraigne」
「Chanter m’estuet pour la plus bele (pas de musique)
「Chanterai por mon corage (uniquement dans le Chansonnier」Cangé)
「Helas, qu’ai forfait à la gent」
「Li dous dizaines noviaus qui revient」(pas de musique)
「Quant je plus voi felon rire」
17曲のシャンソンは15 に収録されている「Quant je plus voi felon rire」のバージョンは、後から旋律が加えられたもので、通作形式でフランケン記譜法が用いられている点で珍しい。概して、ギオの旋律は、すべて同じ音高クラスで終わる小節形式で現れるものとして識別されることが多い。
「Cuers desirous apaie」(RS110)「Chanterai pour mon coraige」「Bien doit chanter」「Chanson d’Outrée」「Chanter m’estuet, coment que me destraigne」
Chanterai pour mon corage
[Chanteir m’estuet por la plux bele]
[Chanterai por mon coraige]
カテゴリー
生年代
国
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