
1. 人物略歴
フランス、中世のトロバドゥール
ペイレ・ヴィダルPeire Vidal(1150/1160-1204/1210)
中世フランスの古オック語のトロバドゥール。
12世紀後半から13世紀初頭にかけて活躍したエイレ・ヴィダルは、皮肉の効いた機知と想像力豊かな詩で知られる著名なトルバドゥールでしあった。ヴィダルは、各地を広く旅し、トゥールーズ伯レーモンⅤ世、マルセイユ子爵レーモン・ゴーフレディ・バラル、アラゴン王アルフォンソⅡ世といった人物に仕えた。
1150~60年頃トゥールーズ生
トゥールーズ出身で、毛皮商人の息子であった。12世紀のトゥールーズでは、サン・ピエール・デ・キュイジーヌ教会(Saint Pierre des Cuisines)の近くで、毛皮・皮革産業が確立されていた。
1204~10年頃ギリシャのテッサロニキで歿?
2.称号
3.経歴
毛皮商人の家庭に育つ、マルセイユでデビュー
アルフォンソ二世の保護を受ける
ハンガリー、イタリア、マルタ、パレスチナ等各地を旅している
第3回十字軍に参加したといわれている
1176年頃、ヴィダルはトゥールーズ伯レーモンⅤ世の宮廷で、トルバドゥールであるベルナール・ド・デュルフォールBernart de Durfortと共にそのキャリアを始めた。
初期の詩の多くは、伯爵の親戚であるヴィエルナ・ド・ポルスレVierna de Porcelletに捧げられたものであった。
いくつかの詩では、ヴィダル、ヴィエルナ、レーモンの3人が恋愛の三角関係を構成している。
1190年まで彼はそこに留まったが、伯爵と対立を機に新たな庇護者を求めて宮廷を去った。
トゥールーズを離れたヴィダルはアラゴン王アルフォンソⅡ世の宮廷に赴いた。
トゥールーズとアラゴンの支配者間の対立において、ヴィダルはアラゴン側についた。
1195年、およびその後1201年にかけて断続的に、トレドにあるカスティーリャ王アルフォンソⅧ世の宮廷を訪れた。
モンフェッラート侯ボニファーチョⅠ世の宮廷を訪れ、さらにハンガリー、ジェノヴァ、ピサ、マルタへと足を延ばした。
ヴィダルはアラゴン王アルフォンソⅡ世が1196年に王が死去するまで厚遇された。
その後も彼は、アルフォンソの息子であるペドロⅡ世の宮廷を折に触れて訪れ続けた。
彼はまた、レオン王アルフォンソⅨ世の宮廷にもしばらく滞在したが、そこではオック語の詩よりもガリシア・ポルトガル語の抒情詩が好まれていた。
ヴィダルのパトロンの中には、モンペリエ領主ウィリアムⅧ世とその妻であるビザンツの皇女エウドキア・コムネネがいた。
ウィリアムⅧ世はペドロⅡ世の家臣であると同時に、彼の義父でもあった。ヴィダルは、アラゴン宮廷がナルボンヌを訪れた際にその宮廷に参じていたが、同市の女子爵エルメンガルデは(アザライス・ド・ポルカイラーグのような)トルバドゥールを熱心に支援していた人物であったにもかかわらず、彼女がヴィダルを支援したとか、彼が彼女のために歌を作ったといった形跡はない。
ヴィダルは、マルセイユ子爵でありヴィエルナの義理の兄弟でもあったライモン・ジョフレ・バラルとも関わりがあった。
バラルの義理の息子であるヒュー・オブ・ボーは、ヴィダルの庇護者であった。ヒューの親戚で、さほど裕福ではなかった吟遊詩人のブラカッツもまた、庇護者であった。
歴史的記録によれば、ヴィダルは第3回十字軍の際に獅子心王リチャードに随行し、キプロスで時を過ごしたとされています。
4.主な作品
5.その他
6.初演
7.関連動画
ハンガリーの吟遊詩人