イングランド、ルネサンスの作曲家・リュート奏者・歌手
ジョン・ダウランドohn Dowland(1563-1626)
ダウランドの音楽に大きな影響を与えたものとして、当時の流行であったコンソート・ソング(註:)や舞曲が挙げられ、今日では、「来たれ、重き眠りよCome, heavy sleep」,「来たれ、再びCome again」,「流れよ、わが涙Flow my tears」,「わが貴婦人の涙を見たりI saw my Lady weepe」,「今や別れの時Now o now I needs must part」,「暗闇の中に我を住まわせよIn darkness let me dwell」といった哀愁を帯びた歌曲で最もよく知られている。彼の器楽曲も大きく再評価されており、20世紀の古楽復興運動に伴い、リュート奏者やクラシック・ギター奏者のレパートリーとして定着している。
註:コンソート・ソングconsort songsとは、16-17世紀イングランドで発展した、歌声とヴィオールなどの小編成器楽合奏コンソートが一体となって演奏される世俗歌曲様式を指す。多声部の歌と器楽が緊密に絡み合うのが特徴。
1563年ロンドンのダブリンDublinで生れた。
ダウランドの初期の生涯についてはほとんど分かっていないが、一般的にはロンドンで生まれたと考えられている。自身の年齢に関する記述に基づき、生年は1563年とされている。アイルランドの歴史家W. H. グラタン・フラッドW. H. Grattan Floodは、彼がダブリン近郊のダルキーで生まれたと主張したが、その説を裏付ける証拠は見つかっていない。同様に、トマス・フラーThomas Fullerによるウェストミンスター生まれという説についても、裏付けとなる証拠は発見されていない。彼がダブリン出身であることを示す証拠が一つある。彼は「From Silent Night」という曲を、「アイルランド・ダブリンの商人であり、愛すべき同郷人であるジョン・フォースター・ジュニア氏」に捧げている。フォースター家は当時ダブリンの有力な一族であり、同市の市長(ロード・メイヤー)を何人も輩出していた。
1626年2月20日ロンドンで歿
1. 経歴
1580年、ダウランドはパリに赴き、フランス宮廷駐在大使であったサー・ヘンリー・コバム、およびその後任であるサー・エドワード・スタッフォードに仕えた。この時期、彼はローマ・カトリックに改宗している。
1584年頃、ダウランドはイングランドに帰国し、結婚した。
1588年にはオックスフォード大学クライスト・チャーチから音楽学士号(Mus. Bac.)を授与された。
1594年、イングランド宮廷でリュート奏者の職に空きが生じたが、ダウランドの採用は実現しなかった。彼は、自身の信仰が原因でエリザベス1世のプロテスタントの宮廷に職を得られなかったと主張した。
1594年から1595年にかけて、ダウランドは再びヨーロッパへ渡った。まずドイツを訪れてブラウンシュヴァイク公やヘッセン方伯の庇護を受け、続いてイタリアを巡り、パドヴァ、ヴェネツィア、フィレンツェなどを歴訪した。1597年に出版された「歌曲集 第1巻」の冒頭に置かれた読者への序文の中で、これらの旅について簡潔に記し、ヨーロッパ各地への旅で出会った多くの音楽家たちから影響を受けたことも認めている。
1598年から1606年の間、デンマークのクリスチャンⅣ世の宮廷にリュ-ト奏者として仕えたが、ロンドンでの作品出版も継続していた。音楽に深い関心を寄せていたクリスチャン王は、ダウランドに破格の報酬を支払っており、その年俸は500ダーラーに上った。これは彼をデンマーク宮廷で最も高給な廷臣の一人とするものであった。
1604年に出版された彼の「ラクリメLachrimae」の表紙には、彼がロンドンのフェッター・レーンに住居を構えていたことが記されている。20世紀の著述家たちはダウランドが1606年に解雇されたと述べていたが、現代の学者は、彼が自らの意思でデンマークを離れ、イングランドへ戻った可能性を示唆している。
1612年初頭から1626年までの間、ダウランドはイギリス国王ジェームズⅠ世の宮廷リュート奏者の一人としての地位を得た。
王室への任用から1626年にロンドンで死去するまでの間に作曲された作品はごくわずかである。正確な没日は不明だが、ダウランドが宮廷から受け取った最後の支払いは1626年1月20日であり、彼は1626年2月20日にロンドンのブラックフライアーズにあるセント・アン教会に埋葬された。
作品:
室内楽曲「エセックス伯のガリアルド」と「常にダウランド、常に悲しく」、器楽曲「涙のパヴァーヌ」「楽曲集/ラクリメ、あるいは七つの涙」「蛙のガリアルド」「ジョン・スミス卿のアルメイン」「ファンタジー P.1a」「ラクリメ」「ジョン・ラングトン氏のパヴァン」「つねにダウランド、つねに悲しき」「エセックス伯のガリヤード」、声楽曲「流れよ、わが涙」「カム・アゲイン」「今こそ別れ」「来たれ、深い眠りよ」「ぼくを、誰よりもこのぼくを」「Fine Knacks for Ladies」「Can she excuse my wrong」「Rest a while cruel cares」「帰っておいで、やさしい恋人よ」「晴れても曇っても」、リュート独奏曲集、リュート・ソング(独唱とリュートのための楽曲)、リュート伴奏付きパート・ソング、リュートを含むヴィオール・コンソートのための楽曲など。
2. その他
3. 初演
4. 関連動画
⬇ youtube「Now o now I needs must part」