IWY. 60 ハインリヒ・シャイデマン


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1595年「ドイツ、バロックの作曲家・オルガニスト」
ハインリヒ・シャイデマンHeinrich Scheidemann
当時、北ドイツで著名なオルガン作曲家で、バッハ等の先駆者となった。
1595年ハンブルク近郊ヴェールデンで生まれた。
1663年9月26日ハンブルグで歿
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父ダヴィッド・シャイデマンScheideman、Schideman。(1629年頃ハンブルク没)。ドイツのオルガニスト。1595年初頭、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ディトマルシェン地方のヴェールデンでオルガニストに任命された。彼の2人の息子、ハインリヒと画家フィリップはそこで生まれた。1604年にハンブルクのカタリナ教会に移る前に別の職に就いていたかどうかは不明である。
ハインリヒ・シャイデマンの父はその頃、ヴェールデンとハンブルクの双方でオルガニストを務めており、シャイデマンはおそらく父から初期の指導を受けていたものと思われる。1611-1614年16歳から3年間にかけてアムステルダムでスウェーリンクに師事して音楽を学んだ。スウェーリンクがドイツへの帰国を控えたシャイデマンにカノンを献呈している。
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1629年にはシャイデマンは、父の後を継いでハンブルクの聖カタリナ教会Catharinenkircheのオルガニストを務めていた。彼はこの職に30年以上とどまり、1663年初頭、ペストの流行の最中にハンブルクで亡くなるまでその任にあった。
・シャイデマンはオルガニスト兼作曲家として名高く、その作品が広く流布していたことからもそれがうかがえる。
実際、同時代のどの作曲家よりも多くのシャイデマンのオルガン曲が現存している。プレトリウス、シュッツ、シャイト、シャインといった他のドイツ初期バロックの作曲家たちが、当時の主要なジャンルや様式のほぼすべてを手がけていたのとは対照的に、シャイデマンは専らオルガン曲を書いていた。
作品
シャイデマンがオルガン音楽、ひいてはバロック音楽全般にもたらした不朽の功績は、ルター派コラールの編曲settings of Lutheran choralesにある。それらは大きく分けて3つのタイプがあった。
1. コラール・プレリュードの初期形態である「カントゥス・フィルムス・コラール編曲cantus firmus chorale arrangements」。
2. 通奏低音を伴う独唱という当時のモノディ様式をオルガン独奏で模倣した「モノディ様式」のコラール編曲”monodic” chorale arrangements。
そしてスウェーリンクの鍵盤様式を基礎としつつ、発展途上にあったドイツ・バロック・オルガンの機能を最大限に活用した新しい試みである、精緻な「コラール・ファンタジアchorale fantasias」である。
コラール編曲に加え、彼は「マニフィカト」の重要な編曲も残している。これらは多声的な構成を持つだけでなく、典礼における「晩課(ヴェスペルスVespers)」で聖歌隊と交互に演奏されることを想定した「循環形式(サイクリック・フォームcyclic form)」をとっていた。
こうした多楽章構成の技法は、その後19世紀になるまで再び盛んに行われることはなかった。彼の弟子には、ハンブルクの聖カタリナ教会で後任を務めたヨハン・アダム・ラインケンJohann Adam Reinckenや、ディートリヒ・ブクステフーデDieterich Buxtehudeがいる。
・ハインリヒ・ シャイデマンは、スヴェーリンクのコラール変奏曲の形式と鍵盤楽器の語法をそれぞれプロテスタントの中部ドイツと北部ドイツに持ち込み、そこではもはやコンサート作品ではなく教会礼拝の一部となった。
いくつかの歌曲やチェンバロ曲も現存している。
オルガン作品集 第1集(Calcante Recordings)、オルガン作品集 第2集(Calcante Recordings)、
「シャイデマン:オルガン曲集」「Preambulum No. 3 in D Minor」「Preambulum No. 7 in D Minor」「Preambulum No. 14 in G Minor」、オルガン作品集 第3集(Calcante Recordings)、
教え子たち
・ヨハン・アダム・ラインケンJohann Adam Reincken(1623年4月27日デフェンテる生まれ。1722年11月24日没)。デフェンターのベルク教会の町音楽家兼オルガニストに就任。ハンブルクのカタリーネン教会に戻り、亡くなるまでオルガニストの地位に留った。ハインリヒ・ シャイデマンの助手となった。 1663年にシャイデマンが亡くなると、ラインケンはオルガニスト兼教会書記として後任に任命されたが、オルガニストとしての完全な地位を与えられた。
・ディートリヒ・ブクステフーデDieterich Buxtehude(1637年スコーネ地方のヘルシンボリで生れ。1707年5月9日リューベックで歿)。
デンマーク、バロックの作曲家・オルガニスト。その作品は北ドイツオルガン楽派の典型である。さまざまな声楽や器楽の様式で作曲したブクステフーデのスタイルは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハやゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルなどの他の作曲家に大きな影響を与えた。ブクステフーデは17世紀で最も重要な作曲家の1人と考えられている。当時、オルガン音楽の巨匠と言われていた
・ヴォルフガング・ヴェスニッツァーWolfgang Wessnitzer(1629年8月27日洗礼、ニュルンベルク生まれ。1697年8月31日ツェレで没)。ドイツのオルガン奏者であり、賛美歌の作曲家。ツェレの宮廷オルガニストに任命され、1679年には市オルガニストの職も引き継いだ。また、1661年と1665年のツェレ=リューネブルク賛美歌集の編集者でもあった。
・ファブリキウス・ヴェルナーWerner Fabricius(1633年4月10日ホルシュタインのイッツェホーで生まれ。1679年1月9日にライプツィヒで歿)。著名なオルガニスト兼作曲家である。ライプツィヒ大学で学び公証人(Notar)の資格を取得し卒業後は「公証人カエサレウス」として法律実務を行った。ライプツィヒライプツィヒ大学教会パウリナー教会のオルガニスト兼音楽監督に任命され、1658年にはニコライ教会のオルガニストにも任命された。
「Echo Ccata in G-Dur, WV43エコートッカータ ト長調」

「Toccata G-Dur」

「Magnificat VI. Toniマニフィカト VI. 旋律」

「Englische Mascarata in g minor仮面舞踏会風の舞曲」

「Alleluja, laudem dicite Deo nostroハレルヤ、神をほめたたえよ」

「Echo Toccataトッカータ」

「Erbarm dich mein, O Herre Gott主なる神よ、憐れんでください」

「Christ lag in Todesbanden, WV 3キリストは死の縄目につながれたり」

「Galliarda in dニ長調の舞曲」

参考文献:Wikipediae https://www.oxfordmusiconline.com/grovemusic/search?q=Heinrich+Scheidemann&sort=relevance&crossSearch=true https://www.oxfordmusiconline.com/grovemusicオックスフォード・ミュージック・オンライン