イタリア、ルネサンスの作曲家・オルガニスト
ジョヴァンニ・ガブリエリGiovanni Gabgieli(1554-1612)
イタリアの作曲家・オルガニスト。彼は同時代において最も影響力のある音楽家の一人であり、ルネサンス様式からバロック様式へと移行する時期におけるヴェネツィア楽派の様式の頂点をなす存在であった。
1554年または1557年ヴェネツィア生
彼は5人兄弟の一人であり、その父はカルニア地方の出身で、ジョヴァンニの誕生の少し前にヴェネツィアへ移り住んでいた。ジョヴァンニの幼少期についてはあまり知られていないが、おそらく彼は、1560年代から1585年に亡くなるまでサン・マルコ寺院に務めていた作曲家である叔父のアンドレア・ガブリエーリに師事したと考えられる。実際、ジョヴァンニは叔父に育てられた可能性もある。1587年に出版された自身のコンチェルト集の献辞の中で、彼は叔父に対して「息子も同然」の存在であると述べている。
1575年、ペストが流行していたヴェネツィアから避難させるため、アンドレアは甥ガブリエーリを、アルブレヒトⅤ世公の宮廷で名高いオルランド・ディ・ラッソOrlando di Lassoに師事するためにミュンヘンへ送り、おそらく1579年頃まで同地に滞在した。ラッソは、彼の音楽様式の発展に最も大きな影響を与えた人物の一人となった。
ジョヴァンニはラッソのもとで1579年まで宮廷楽団に所属した。
1612年8月12日ヴェネツィアで歿
1. 経歴
1584年までにヴェネツィアへ戻った彼は、サン・マルコ大聖堂第2オルガニストになった。
1585年クラウディオ・メルーロの退任に伴い、首席オルガニストに任命されるが、は叔父に譲り、アンドレアの生前は第2オルガニストの地位に留まった。
1585年から1606年までサン・ロッコ信者会のオルガニストも務めた。
1586年叔父の死を受けてサン・マルコ大聖堂の首席オルガニストと首席作曲家の職も終生引き継いだ。同じくサンロッコ教会オルガニストを兼務し終生務めた。
叔父の死後、彼はその作品の多くを編集し始めたが、もし彼がそうしていなければ、それらの楽曲は散逸していた。アンドレア自身は自作の出版にあまり関心を持っていなかったようで、ジョヴァンニは叔父の作品を高く評価しており、それらを出版用にまとめ、編集することに多くの時間を捧げた。
・ガブリエーリのキャリアは、サン・ロッコ大信徒会Scuola Grande di San Roccoのオルガニストという職を兼任するようになったことで、さらに飛躍した。この職もまた、彼は生涯にわたって務め上げることになる。サン・ロッコはヴェネツィアのあらゆる信徒会の中で最も権威があり、かつ裕福な組織であり、その音楽体制の豪華さにおいてはサン・マルコ寺院に次ぐものであった。イタリア屈指の歌手や器楽奏者たちが同所で演奏を行っており、当時の音楽活動の様子は、イギリスの作家トマス・コリアットの旅行記に生き生きと描写されている。
彼の作品の多くはこの場所のために特別に書かれたもので、サン・マルコのために作曲された作品の数も、おそらくそれ以上に多かったものと考えられる。
自身も作曲家として活躍し、器楽を発展させ、声楽と対等な位置づけを与えた。宗教曲が多いが、オルガン曲をはじめ数多くの器楽曲があり、ヴェネツィア楽派を高みへ導いた。
・サン・マルコ寺院は音楽における卓越した伝統を誇っており、ガブリエーリは同地での活動を通じて、ヨーロッパ屈指の作曲家としての名声を確立した。
1597年に出版された重要な作品集「サクラ・シンフォニアSacrae symphoniae」を機に一大ブームが巻き起こり、ヨーロッパ各地、とりわけドイツから多くの作曲家が研鑽を積むためにヴェネツィアを訪れた。彼は新たな弟子たちに対し、イタリアで創作されていたマドリガーレを学ぶよう指導したため、彼らはヴェネツィア特有の壮大な多重合唱様式polychoral styleだけでなく、より親密な表現を持つマドリガーレの様式をも自国へと持ち帰ることとなった。ハインリヒ・シュッツ Heinrich Schützらは、こうした過渡期の初期バロック音楽を北方のドイツへと伝え、その流れは後の音楽史に決定的な影響を及ぼした。J.S.バッハの音楽において頂点に達することとなるドイツ・バロック音楽の数々は、ヴェネツィアに端を発するこの強固な伝統を礎として築かれた。
1612年8月12日ヴェネツィアで死去。
作品:
「聖なるシンフォニア1597年」(6、7、8、10、12、14、15または16声部のモテット45曲、8、10、12または15声部のカンツォーナ14曲、そして8声部と12声部のソナタ各1曲からなる曲集)、「カンツォーニとソナタ1612年以前作曲、1615年出版」(3、5、6、7、8、10、12、14、15、22声のための16曲のカンツォーニと5曲のソナタ)、「Sacrae Symphoniae II」、「Sonata Pian e Forte」、「Canzon duodecimi toni12の旋律によるカンツォン」、「Canzon ‘La Spiritata’」、「O Magnum Mysteriumおお、大いなる神秘よ」、「Magnificat a 33 vマニフィカト 33 v」、「Canzonas & Sonatasカンツォーナとソナタ」、「Jubilate Deo神を喜びたたえよ」、「The Invisible Symphony」、「Magnificat a 12」、オラトリオ「霊と肉との演技」、「6曲のカンツォーネ集」、「サクレシンフォニーエ」ほか
2. その他
3. 初演
4. 関連動画
⬇ youtube 「Sonata Pian e Forte」
⬇ youtube 「Sinfoniae Sacrae」
「すべての人よ、手を打ちてほめたたえよ」
100人のトロンボーン・コンサート《ライヴ録音》
本名 徹次:指揮
17 Oct.1997 東京文化会館大ホール
⬇ youtube 「Canzon duodecimi toni12の旋律によるカンツォン」
「Canzon ‘La Spiritata’」
⬇ youtube 「O Magnum Mysteriumおお、大いなる神秘よ」
⬇ youtube 「Magnificat a 33 vマニフィカト 33 v」
⬇ youtube 「Canzonas & Sonatasカンツォーナとソナタ」
⬇ youtube 「Jubilate Deo神を喜びたたえよ」
⬇ youtube 「The Invisible Symphony」
⬇ youtube 「Magnificat a 12」