IWY. 58 ザムエル・シャイト

ドイツ、バロック初期の作曲家・オルガニスト・教育者
ザムエル・シャイトSamuel Scheidt(1587-1653)

ドイツバロックの「3 S」と呼ばれる

1587年11月3日ハレで洗礼を受けた
ハレのギムナジウムでピルクナーに音楽を学んだ

1653年3月24日ハレで歿

1. 経歴


1603年頃聖モーリッツ教会オルガニストの職に就いた。
1608年アムステルダムに赴いてオランダの著名な作曲家スウェーリンクSweelinckに師事した。スウェーリンクの作品は、シャイトの作風に明確な影響を及ぼした。
・ハレに戻ったシャイトは、ブランデンブルク辺境伯の宮廷オルガニストとなり、後にカペルマイスターに就任した。
ハインリヒ・シュッツなど多くのドイツ人音楽家とは異なり、彼は三十年戦争の期間中もドイツ国内にとどまった。教育活動や小規模な仕事を次々と引き受けることで苦境をしのぎ、やがて情勢が安定すると、再びカペルマイスターの職務に復帰した。
ヴァレンシュタインWallenstein(註)の影響で職を失う。
1628年にはハレにあるマルクト教会を含む3つの教会の音楽監督に任命された。
註:Wallenstein(ヴァレンシュタイン)とは、主に三十年戦争期に神聖ローマ帝国軍を率いたボヘミア出身の軍事指導者アルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼビウス・フォン・ヴァレンシュタイン(1583–1634)を指す名称.。
・シャイトは、オルガン音楽の分野で国際的に重要な地位を占めた最初のドイツ人作曲家であり、主にプロテスタント宗教改革の結果として開花した「北ドイツ様式」を代表する存在であった。南ドイツやヨーロッパの他のいくつかの地域では、ローマからの精神的・芸術的影響が依然として強く、音楽の多くはイタリアの様式を模倣したものであった。一方、ローマとのつながりを断たれたプロテスタント地域の音楽家たちは、近隣諸国の様式とは大きく異なる独自の様式を、いち早く発展させていった。

作品:
シャイトの音楽は、主に2つのカテゴリーに分類される。一つは器楽で、その中には(大部分がオルガン用の)膨大な鍵盤楽曲が含まれる。もう一つは宗教声楽で、これにはア・カペラの作品もあれば、通奏低音やその他の楽器伴奏を伴う出版作品もある。
「Tabulatura nova」(1624)、「The Church Organist’s Golden Treasury(全3巻)」「80 Chorale Preludes from the 17th and 18th Centuries」、「Chorale Preludes by Old Masters」
「新タブラトゥーラ曲集」、「70曲のシンフォニア集」、ドイツで最初に五線譜表を使った鍵盤音楽曲集「新タブラトゥーラ曲集」を出版した

2. その他

3. 初演

4. 関連動画


⬇ youtube「Tabulatura Nova II」

⬇ youtube「Alamanda Bruynsmedelijn」SSWV 558

⬇ youtube「戦いの組曲Battle Suite」

⬇ youtube「なぜ思い悩ん​​でいるのですかWarum betrübst du dich」

⬇ youtube「CANTIONES SACRAE」

⬇ youtube「Complete Organ Works」

⬇ youtube「Bergamasca」

⬇ youtube「Battle Suite」