IWY. 57 ヨハン・シャイン

ドイツ、初期バロックの作曲家
ヨハン・ヘルマン・シャインJohann Hermann Schein(1586-1630)

シャインはイタリア初期バロックの様式的な革新をドイツ音楽にいち早く取り入れた人物の一人であり、同時代において最も洗練された作曲家の一人でもあった。シャインは生涯をドイツ国内で過ごした。

1586年1月20日グリュンハインで生れた。
父の死後、シャインはドレスデンに移り、ザクセン選帝侯の聖歌隊にボーイ・ソプラノとして加わった。彼は聖歌隊で歌うだけでなく、その並外れた才能を見出したカペルマイスター、ロジエ・ミヒャエルRogier Michaelから徹底した音楽教育を受けた

1630年11月19日ライプツィヒで歿

3.経歴

1603年から1607年までシュールプフォルタ校(Schulpforta)で学び、1608年から1612年まではライプツィヒ大学に通い、そこで一般教養liberal artsに加え、法学も学んだ。
・卒業後、彼はゴットフリート・フォン・ヴォルファースドルフに雇われ、短期間ながらその家の音楽監督および子供たちの家庭教師を務めた。その後、ヴァイマルの宮廷楽長の職に就いた。
1608-1612年ライプツィヒ大学に学び卒業後、音楽教師、ヴァイマルの宮廷楽長を務めた。
1615年から1630年までライプツィヒのトーマス教会カントルを務めた。
1616年ライプツィヒのトーマス・カントル(トーマス教会合唱団長)、ライプツィヒ市音楽監督に就任した。この職は、ライプツィヒ・トーマス教会付属学校でのカントル職やトーマス教会合唱団の指揮を含むもので、彼は生涯にわたってその任にあった。
・友人のハインリヒ・シュッツとは異なり、彼は病弱で、幸福とも長寿とも言えない生涯を送った。妻は出産で亡くなり、5人の子供のうち4人が幼くして死去した。彼自身も結核、痛風、壊血病、腎臓疾患に苦しんだ末、ライプツィヒで44歳の若さで亡くなった。

作品:
シャインは宗教音楽と世俗音楽をほぼ同量ずつ作曲しており、そのほとんどが声楽曲であった。世俗声楽曲においては、歌詞もすべて自ら執筆している。彼は生涯を通じて、宗教音楽と世俗音楽の曲集を交互に出版し続けた。
「Musical banquet」(1617」、「Wie lieblich sind deine Wohnungen」、「Fontana d’Israel / Israel’s Brünnlein」(1623年)
「音楽の饗宴」、「オペラ・ノーヴァ」など

2. その他

3. 初演

4. 関連動画


⬇ youtube「Banchetto musicale」

⬇ youtube「Wie lieblich sind deine Wohnungen」

⬇ youtube「fontana d´Israel Die mit Tränen säen」

⬇ youtube「Die mit Tränen säen」

⬇ youtube「Halleluja! Lobet den Herrn」

⬇ youtube「Padouana」

⬇ youtube「Christ Lag in Todes Banden」

⬇ youtube「Zion spricht: der Herr hat mich verlassen」

⬇ youtube「Allemandeドイツ風」

⬇ youtubeCantata「Maria, gegrüßet seist duめでたし、マリア」