中世ドイツの貴族・ミンネゼンガー・詩人
※タンホイザーTannhäuser。(1256年以降/70年頃没)。
13世紀中頃に活躍した。・エルヴァンゲン近郊タンハオゼン城に住む旧シュヴァーベン出身でオエッティンゲン伯爵夫人の家系という説。13世紀の資料に記載のバイエルン・ノルテガウのノイマルクト地域に住むタンフーゼン家領主の執政の家系ともいう説。またおそらくカロリン王朝の子孫、ドイツの古い貴族の家系の出でドイツ騎士団の会員という説もある
1200/05年頃アンスバッハ、ディケンルスビュールとエルヴァンゲン近く、オーバープファルツ、ノイマルク近郊タンハウゼン城で生れた。
出自には幾つかの出生説がある。
・ヨハネス・シーベルトSchon Johannes Siebertによれば、タンホイザーは、ミッテルフランケン MittelfrankenとオーバープファルツOberpfalzの境界地域を拠点とする「デ・タンフューゼンde Tanhusen」という名の皇帝直属の官僚的騎士身分の家系出身である可能性が極めて高いと考えている。
その一族は1145年、1215年、1240年、1242年、1246年に記録されており、リンツマウル家Familie Rindsmaulと密接な関係にあるという。カストル修道院教会Klosterkirche von Kastlには、銘文が記された69の紋章からなる紋章のフリーズWappenfriesが施されており、その中にリンズマウル家の紋章と並んでタンハウゼン家の紋章が描かれていた。現在はフライシュタットの一地区となっているタンハウゼンでは、教会の西側に、土塁と堀に囲まれた塔状の主塔を持つ城が位置している。カール・ボスルKarl Boslによれば、これは皇帝直属の官僚的騎士が所有していた城であったとされている。
一般的には、(アンスバッハ、ディケンルスビュールとエルヴァンゲン、オーバープファルツ(Oberpfalz)近く、ノイマルク近郊タンハウゼン城タンハウゼンTannhausen)、で生まれたとされている説がある。
1267/70年頃没
3. 年代記
1228-29年コーデック・マスネの写本にはフレデリックⅡ世が率いる十字軍遠征に参加している
1230-46年オ-ストリア皇帝フレデリッック公爵のウィーン宮廷で庇護を受けミンネゼンガー、詩人とで仕えていた。
1246年6月15日のライザ川の戦闘で皇帝の死後ウィーンを離れ、詩人やミンネゼンガーとして放浪してブランデンブルク辺境伯ヨハン一世やオットーⅢ世、ブラウンシュヴァイクのオットーⅠ世やアルブレヒトⅠ世の宮廷を巡り庇護を受け生涯を過ごしたらしい。
1246年8月29日タンホイザーは、オーストリア公フリードリヒ2世の死後間もないアウクスブルクで行われた不動産取引において、ルポルト・フォン・タンフーゼンLupold von Tanhusenらと共に、また神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の息子であり次期皇帝候補でもあった若きコンラートIV世Konrad IV.の立ち会いのもと、52人の証人の一人として名を連ねていたものと思われる。
タンホイザーが自身のパトロンの死後、コンラートIV世の従者として仕える中で、速やかに新たな庇護者を求めたという可能性は十分に考えられる。
1246年8月29日以降、タンホイザーはウィーンを離れ、詩人やミンネゼンガーとして放浪してブランデンブルク辺境伯ヨハンⅠ世やオットーⅢ世、ブラウンシュヴァイクのオットーⅠ世やアルブレヒトⅠ世の宮廷を巡り庇護を受け生涯を過ごしたといわれている。
タンホイザーが歴史に名を残している最大の理由は、彼の死後(15世紀頃)に彼を主人公として作られた「罪と赦し(ゆるし)」の壮大な伝説があるからである。これが最も有名なエピソードである。
ドイツの偉大な作曲家リヒャルト・ワーグナーがこの伝説に目をつけます。ワーグナーは、この「ヴェーヌスベルクの伝説」と、別の有名な中世の伝説である「ヴァルトブルクの歌合戦(ミンネジンガーたちの歌の競技会)」を強引に合体させ、歌劇『タンホイザー』(1845年)を作曲した。
このオペラが大成功を収めたことで、タンホイザーは「実在の型破りなミンネジンガー」としてよりも、「愛と信仰の間で引き裂かれた悲劇の騎士」として、世界中で広く知られる存在となったのである。
「おそらくタンホイザーの作品とされる」
古きドイツ民謡(中世の歌)[Tannhäuser Ballade]
⬇ youtube ワーグナー:歌劇「タンホイザー」から
コーデック・マスネの写本には1228~29年フレデリック2世が率いる十字軍遠征に参加している
1230~46年-ストリア皇帝フレデリッック公爵のウィーン宮廷で庇護を受けミンネゼンガー、詩人とで仕える
1246年6月15日のライザ川の戦闘で皇帝の死後ウィーンを離れ、詩人やミンネゼンガーとして放浪してブランデンブルク辺境伯ヨハン一世やオットー三
世、ブラウンシュヴァイクのオットー一世やアルブレヒト一世の宮廷を巡り庇護を受け生涯を過ごしたらしい。。
4.主な作品
5.その他
ワーグナーのオペラ「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」の作中人物として登場している