
1. 人物
フランスのバロック音楽の作曲家、オルガン奏者、チェンバロ奏者
フランソワ・クープランFrancois・Couperin(1668-1733)
音楽の才能に恵まれたクープラン家の他のメンバーと区別するため、「偉大なクープラン」(Couperin le Grand)と呼ばれた。
出身地
1668年11月10日クープランはパリの著名な音楽一家に生まれた。
彼の父シャルルは市内のサン・ジェルヴェ教会のオルガニストで、その地位は以前、シャルルの兄ルイ・クープランが務めていた。ルイは高く評価された鍵盤楽器の名手であり作曲家であったが、若くして亡くなったため、そのキャリアは短く終わってしまった。
少年時代のクープランは父から最初の音楽のレッスンを受けたに違いないが、シャルルは1679年に亡くなり、サン・ジェルヴェ教会の教会役員たちは、他に選択肢がなかったため、フランソワが18歳になったら後任となるという了解のもと、ミシェル・リシャール・ドラランドを新しいオルガニストとして雇った。
サン・ジェルヴェ教会の地位は息子に引き継がれた。シャルルの死後、クープランに支給された年俸100リーブルは徐々に400リーブルに増え、クープランが学業の進展とともに徐々にその役割を引き継いでいったことを示唆している。
没地
1733年9月11日パリで歿
2. 功績
1. クラヴサン(チェンバロ)音楽の確立と「オルドル」の創案をした。最大の功績は、全4巻・27の「オルドル(ordre)」と呼ばれる組曲形式からなる約220曲のクラヴサン小品群を体系化した点である。描写的・タイトル付き小品の導入を行った。従来のアルマンドやクーラントといった舞曲形式にとらわれず、自然の風景、人物の肖像、感情などを描いた情緒豊かなタイトル付き作品(「神秘の障壁」「小さな風車」など)を数多く制作した。独自の組曲(オルドル)を構成した。同一の主調または近親調で緩やかに括られた組曲構成を編み出し、フランス的繊細さと装飾美を極限まで高めた。
2. 名著『クラヴサン奏法論』による指使い・装飾法の体系化1716年に著した奏法書『クラヴサン奏法論(L’Art de toucher le clavecin)』は、西洋音楽史における鍵盤楽器指導の技術的・理論的金字塔である。親指の積極的な使用や適切な運指法(指使い)を提示し、滑らかなレガート演奏を可能にした。当時あいまいになりがちだった繊細なトリルや装飾音(アグレマン)の記譜法と正確な演奏方法を体系的に示し、後世の演奏習慣に絶大な影響を与えた。
3. フランス様式とイタリア様式の融合(「趣味の統合」)当時させた。洗練されたエレガントな「フランス様式」と、和声的に大胆で技巧的な「イタリア様式」は対立関係にあった。クープランは両者の美点を融合させる「趣味の統合(Les Goûts-réunis)」を提唱・実践した。 アルカンジェロ・コレッリらのトリオ・ソナタ形式をフランスに持ち込み、合奏用トリオ・ソナタ(『コアレッリ礼賛』や『ルクーラン礼賛』など)を書き上げ、フランス室内楽の新しい道を開いた。
4. 後世の作曲家への多大な影響を与えた。クープランの繊細で抒情的な美学と鍵盤表現は、同時代のバッハから近現代の作曲家に至るまで広く敬愛された。ヨハネス・ブラームスはクープランのクラヴサン全集の校訂に関わり、自身のピアノ曲にその影響を残した。モーリス・ラヴェルはクープランをはじめとする18世紀フランス音楽へのオマージュとして名曲『クープランの墓(Le Tombeau de Couperin)』を作曲した。クープランは、単なるヴェルサイユ宮殿のオルガニスト・チェンバロ奏者にとどまらず、フランス音楽の格調高い美意識(エレガンスと繊細さ)を鍵盤音楽の中に決定づけた巨匠として高く評価されている。
3. 年代記
1679年11歳のクープランは、その間、宮廷とサン=ジャック=ド=ラ=ブシュリー教会の両方でオルガン奏者を務めていたジャック=ドニ・トメランに世話をされ、教育を受けた。伝記作家のエヴラール・ティトン・デュ・ティレは、トメランが少年を非常に大切にし、第二の父親のような存在になったと記している。
1685年クープランの才能は早くから発揮されていたようで、サンジェルヴェ教会のオルガニストに就任し、教会評議会が彼に給料を支給し始めたが、契約書はなかった。
1689年21歳の時、クープランは母マリー(旧姓ゲラン)を亡くしたが、それ以外は人生とキャリアは幸運に恵まれた。この年、彼は裕福な家庭の娘マリー=アンヌ・アンソーと結婚した。
1692年クープランはルイ14世の宮廷での職務とサン=ジェルヴェ教会のオルガニストとしての職務を両立させながら作曲も続けた。
1693年ヴェルサイユ宮殿礼拝堂オルガニストに任命された。
1717年、クープランは王室室内楽のクラブシン奏者となった。これは宮廷音楽家にとって最高位の役職の一つであった。
クープランの健康状態は1720年代を通じて徐々に悪化していった。
1723年にはサン・ジェルヴェで従兄弟の助けが必要となっていた。
1730年には宮廷チェンバロ奏者としての地位を娘のマルグリット・アントワネットが引き継いだ。
1733年クープランは死去した。
クープランとその家族が1724年から住んでいた建物は今も残っており、ラジヴィル通りとプティ・シャン通りの角に位置している。
4. 作品
クープランの作品の中で主要な位置を占めるのは4巻のクラヴサン曲集であり、約220曲の小品が27のオルドル (ordre) と称する組曲を構成している。
➊. クラヴサン(チェンバロ)曲集
クープランの代名詞とも言える作品群で、全4巻・27の「オルドル(組曲)」に分かれた約220曲の小品から構成されています。タイトル付きの描写的な作品が多く含まれます。
[神秘の障壁Les Baricades Mistérieuses]第2巻・第6オルドルに収録。ロンドー形式で書かれた非常に繊細かつ幻想的な名曲で、クープランの作品の中で最も広く知られている。
[小さな風車Les Petits Moulins à Vent]第3巻・第17オルドルに収録。軽快な音の動きで風車の回転する様子を生き生きと描いた人気曲。
[うっとりL’Engageante]第4巻・第20オルドルに収録。しなやかでエレガントなメロディが特徴的な楽曲。
[百合の花開くLes Lis naissans]第3巻・第13オルドルに収録。自然や植物の美しさを可憐に描いた小品。
➋. トリオ・ソナタ・合奏曲
イタリア様式(コレッリらのソナタ)とフランス様式の美点を融合させた合奏作品。
[コアレッリ礼賛Le Parnasse, ou L’Apothéose de Corelli]イタリア器楽の巨匠コレッリへの敬意を表して作られたプログラム・ソナタ。
[ルクーラン礼賛L’Apothéose de Lully]フランス宮廷音楽の父リュリとコレッリがパルナッソス山で出会い、両国の様式が融合するというストーリー性を持った合奏曲。
[王宮のコンセールConcerts Royaux]ルイ14世の日曜コンサートのために作曲された室内楽集。
➌. 宗教音楽・オルガン作品
[ルソン・ド・テネブルLeçons de Ténèbres]
聖週間の闇の勤行(テネブル)のための声楽曲。ソプラノと通奏低音のために書かれており、バロック宗教声楽曲の最高峰の一つと評されている。
[修道院のためのミサ曲/教区のためのミサ曲]若き日に出版されたオルガン用ミサ曲集。
奏法書[クラヴサン奏法論L’Art de toucher le clavecin]
7. 関連動画
[La Favorite]
[Musette from Concerts Royaux, 3ème Livre, V]
[神秘の障壁]
[Les Lis naissans (for harpsichord)]
[Pieces en concert for Cello and Strings]
[L’Engageante]
[Les Baricades Mistérieuses]